松尾光伸の世界
ある日、私はひとり冬のキャンパスを歩きながら、思考に没頭していた。
不意に目を上げると大きなステンレスの物体が空間に浮かび上がっている場に遭遇した。
その一瞬、妙に「空」と「実」が相互に出現する世界に引き込まれた。私の意識は一気にその繊細な空間に吸い寄せられ、なかなか抜け出せなかった。
ふと、歩調を止め気が付いた時に私は、その物体が松尾光伸氏の立体円形彫刻である事を認めた。
その作品は静かに清華大学芸術博物館の中庭に佇んでいた。
流れる景色の彩りが黄昏にゆっくりと彫刻の局面で躍動し始め,窪んだ空間の静かな緊張感に目を見張ったその時、私は感動した。
この時、私の心の奥底の問題思考に解決が得られた。
現在の我々の社会は、工業時代から情報化時代に入ってきたが、この地に於いては社会全体の美意識が農耕時代のレベルのまま残ってしまった。
私は過去の輝かしい遺産を否定する思いはないが、「なぜ今の中国では我々の作品が時代性を反映していないのか」と心に深く感じる事となった。
私はそっと 彼の彫刻作品から離れ、「我々はこの作品が放つ輝きを感じる事はできたとしても、作品が伝える時代のメッセージまでは理解できるであろうか」と云うことに気がついた時、私を深く感動させた要因であった事に気づいた。
世界中に於けるすべての芸術の発展はロジックの順序に従う事は、はっきりしている。
その仕組みの中で時代の特徴を顕著にする事ができた。農耕時代では我々の芸術作品は、特に彫刻作品を含めすべての作品は概ね、宗教や政治など貴族社会全体のために存在してきた。その時々多くの彫刻作品は神霊と人間を謳歌する表現で賛美していた。
例えば古代のエジプト、インドや中国など地域文明の違いによって芸術の表現は大きく違っていた。
ルネッサンスの時代に入って以降、彫刻芸術は新しい発展に向かって行ったので、産業革命の時期、彫刻芸術の発展は斬新な道を選んだ。
その時に彫刻芸術の分野は史上最大の分岐点であると思われた。彫刻は美学として科学と文明の分裂に伴ってロジックの発展から新しいものを生み出した。
その時期、ワシリー・カンディンスキー、カジミール・マレーヴィチなど多くに芸術家が輩出された。特に旧ソ連の第三インターナショナル記念塔の誕生は新たな時代の到来の契機を迎えたと思われる。
松尾光伸氏は時代に影響を与え、立体形と数学美の発想を用いながら、東洋の美に基づく新しい着想を喚起した。
ピエト・モンドリアンとカジミール・マレーヴィチが相互に影響し合って、欧州諸国では内部から形式に至る抽象至上主義の風潮が興隆し始めた。我々はここでじっくりと松尾先生の作品を鑑賞しながら、歴史を20世紀初頭に溯って人類文明の進歩の恩恵が我々に無数の遺産を与えてくれている事を振り返って反省しなければならない。
彼の作品では、まず都市の環境の中から独立して円形、四角形や三角形など基本形態を駆使し空間において変化を継続させ独自の形態を抽出している。そしてその美学は、日本独特の1:1.414の白銀比に基づいて、ステンレス、錆び鉄、木材や石材などをロジックの媒体として、人の心を揺り動かす効果と空間意識を生み出している。
彼の作品を通して、あなたは独特な東洋思想と現代風潮を融合した絶妙な世界を感知するだろう。
松尾光伸氏は基礎造形の分野で絶えず努力し思想と教育体制を築いてきた。彼は故朝倉直巳先生と二人でアジア基礎造形連合学会を創立した。さらに長年中国の大学に勤め、自らの芸術の成果は教育のみならず医療保健やリハビリテーションなどの領域に試みを広げ福祉と医療保健のためにも貢献しようとしている。
松尾光伸氏の作品は鮮やかな時代性を持つと評価されているが、我々に工業文明の審美基準を持たせ心地よい愉快さを与え、環境文化を深く豊かにしてくれた。彼の地道に探索している世界は、我々に多くの創作の原理を不断に啓発し与えてくれている。
2016年12月8日 清華大学にて
陸志成
清華大学美術学院環境芸術設計系 教授
清華大学美術学院建築環境芸術設計研究所 所長
中国環境芸術委員会 副会長